「頂きます」の意味

最近こんなニュースを耳にしました。どこかの小学校に、「頂きます、を給食の時に言わせるのはおかしい」と、ある保護者からクレームが入って、学校側が受け入れた、というものです。「給食業者がお金を払っている側にお礼を言うなら分かる」という意見だったそうです。

私見ですが、この保護者はルーツが日本以外にある可能性が高いな、と感じました。何故なら、普通は日本の家庭では、食べる時に「頂きます」と言い、食べ終えた時に「ご馳走様(でした)」というしつけが成されているからです。

サッカー日本代表監督だったイタリア人・ザッケローニは、日本人選手の良かった点として、食事の時のこの言葉を挙げていました。これは美しい習慣だと思います。

「頂きます」とは何を頂くのでしょうか? それは、食材になった動植物の命です。だから私たち日本人は、食事の時に「(あなたたちの命を)頂きます」と言い、ありがとうの感謝の意味を込めて「ご馳走様(でした)」という訳です。

西欧諸国をはじめ、多くの国では、自然は人間と対峙する存在として捉えられています。だから自然を征服しにかかろうとするのです。陰謀論的な話ですが、もう密かに、気象を操ることのできる装置や、任意の場所に火事を起こすことができる装置があると言われています。

対して我々日本人は、人間も自然界の一部と捉えて、決して自然と敵対するようなことは考えてきませんでした。

国語の題材で、西洋の庭と日本庭園との比較をした文章を読んだことがあります。また、西洋建築と日本家屋との違いについて書かれたものを読んだ記憶もあります。

前者では確か、西洋の庭は植物が生い茂っているが、日本庭園は風景として成り立つものになっていると書いてあったと思います。後者は、西洋建築が完全に部屋と部屋と部屋を壁で仕切り、外と内も壁で分離されているのに対し、日本家屋は、襖や障子を取り払えば小さな部屋が大きな部屋となり、雨戸を取り払えば縁側が外の一部になる、と書かれていました。

これが西洋と日本の、自然観の違いを表しているのです。

そういえば、故・永六輔さんがかつて、この話題を取り上げたことがあったように記憶しています。その時は、保護者の意見も一理ある、として学校側が受け入れたことを問題視していたように思います。

閑話休題。

学校はクレームが怖いと思うでしょう。でもこのような理不尽なクレームに対しては、毅然と対応してほしいと思います。今のケースで言えば、「頂きます」はこれこれこういう意味ですのでご指摘には当たりません、と答えるべきでしょう。

もし、このクレームを入れた方が(帰化していない)日本人であるならば、非常に残念でなりません。日本人ファーストとまでは申しませんが、外国人的な意見に押されて、日本人が培ってきた優れた精神性まで壊してしまうことには、強く反対したいと思います。

SNS上には、他にも、「飲食店で頂きますやご馳走様を言うのは耳障りだ」という意見も目にしました。個人的には愚かしいと感じます。

皆さんも、どうぞ、「頂きます」や「ご馳走様」を積極的に言葉にしてみてください。きっと心が整って、晴れやかになるでしょう。日本人を感じる言葉を、これからもきちんと発していきたいと思います。